気持ちいい関係。

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51.祐哉、してやられる。


はるかに抓られた頬を撫でながら杏はんもぅと呟く。
痛みはないが思いっきり抓られたことを思い出してつい撫でてしまう。
ちょっとした悪戯心を発動させて、いつぞやに祐哉が持ち帰った大人のおもちゃの話題をはるかに振ると顔を真っ赤にさせて杏の頬を思いっきり抓ったのだ。
効果てき面なぐらいに挙動不審になったはるかは視線を宙にさまよわせてあわあわとしていた。
使ったんだーと呟いた杏にはるかが激怒したのは言うまでもない。
冷蔵庫をそっと開けて、昨日苦労して作ったバレンタインのチョコレートを見て杏はえへっと笑う。
喜んでくれるといいなぁと淡い期待を胸にそわそわと祐哉の帰宅を待つ。
汐見が作ってくれたバレンタイン仕様の食事も冷蔵庫に収まっている。
温めて食べるだけの状態になっているのだ。
汐見には大感謝である。
リビングのソファでクッションを抱えてテレビを見ているとピンポーンとインターフォンが鳴った。
無視しているとピンポンピンポンと連打されて、杏はうるさい!と叫んでモニターの画面を押す。
そこに映っていたのは嵐を呼ぶ女、麻川真琴であった。

「なぁに?ゆーやならいないわよー」
『嘘をつかないで!事務所にお伺いしたらもう帰ったって聞きましたもの!』
「本当にいないんだって。いたとしてもいないって言うけどぉー」
『おじさまを出して!』
「いないっての」

杏はモニターの前で腰に手をあてて呆れたように肩をすくめた。
祐哉からは家に汐見以外を上げないようにときつく言われている。
例えそれが直哉であってもだ。
仕方なしに杏がエントランスまで降りると真琴は真っ白のファーコートを着てふわふわとした可愛らしさを前面に押し出していた。
襟元には赤のリボンが結わえられておりいかにも、という服装だ。

「なんであなたがいらっしゃるの?」
「いつまで経っても帰ってくれないから〜」
「わたくしはおじさまに用事がありますの!あなたには用はございませんっ」
「じゃぁ。ばいばーい」

杏は手を振るとにっこりと笑ってエレベーターに向かって歩き出した。
おじさまっ!と小さな声が聞こえて振り返るとタイミング悪く祐哉が戻ってきて鉢合わせをしてしまったのだ。

「あちゃー」

真琴が目敏く祐哉を見つけると走り寄って手にした紙袋を真っ赤な顔をして突き出している。
ぷるぷる震えているさまがいじらしいといえばいじらしい。

「真琴。申し訳ありませんが、これはいただけません。自宅に買ってお父上に差し上げなさい」
「イヤですっ」
「その前にここには二度と来ないように申し上げたはずですが?」

祐哉は紙袋を受け取ることなく冷ややかな目で真琴を見下ろす。
真琴も目を逸らすことなく真っ直ぐな目で祐哉を見返している。

「だって、今日はバレンタインだから」
「だからどうしたというのです?」
「おじさまに、チョコレート差し上げたかったんです」

負けずに言い返す真琴に杏はおおと小さく呟く。
あれだけ祐哉の冷気にあてられて平然としていられるのは愛ゆえか。

「いただくアテはありますので、ご心配なく」

一見このやり取りだけ見ていると祐哉が極悪非道な冷徹人間に見えるが事情を知っている杏はほっと胸を撫で下ろした。
杏以外からは受け取らないと宣言したようなものだからだ。

「風邪をひきます。早く帰りなさい」

祐哉が真琴の背を押すと外で待たせてある車へと連れて行く。
足を踏ん張ってイヤイヤと頭を振る真琴に祐哉は顔をしかめた。

「こ、これを、受け取ってくれるまでは帰りませんわっ!」

あまりのしつこさに杏はがくりと肩を落とす。
ここまでになると我が道を貫く真琴に拍手をしそうになる。
杏がいようがいまいが関係ないのだろう。
ぐいっと祐哉に袋を押しつけると真琴は車に駆け出し乗り込んで帰ってしまった。
返す暇を与えない作戦に、あーあと杏は呟く。
手に顔を埋めた祐哉のそばに寄って顔を覗き込むとぽんぽんと背中を叩いた。

「やられちゃった、ね?」
「本当です。不覚にもやられてしまいました」
「これは『お返し』をもらわないと帰りませんわ!って言うと思うねぇ」

口真似をすると祐哉が顔をしかめて杏を見下ろす。
えへっと杏は笑うと祐哉の腕を取って紙袋を覗くと有名店の菓子だった。
変なもんでも入ってったらどうする?と杏が問うと勘弁してくださいと疲れたような返事が祐哉から返ってきた。

「ゆーや」
「何ですか」

少々機嫌の悪い祐哉の返事は悪い。
んもぅと杏が頬を膨らませると祐哉の腕にぶら下がって、あ!と小さく叫んだ。

「どうしました?」
「口直し、しよ?」
「はい?」
「汐見さんのごはん食べてぇ。くーちゃんを食べる!」
「食事より先にくぅを食べてはいけませんか」
「だーめっ。ちゃんとごはん食べようね?ゆーや」

にっこりと笑うと杏は走ってエレベーターに向かう。
祐哉はそのあとをゆったりとした歩みで追いかけた。


真琴からもらったチョコレートは事務所に持っていきますbyしゃちょーさん。

2014/05/30 投稿。


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