気持ちいい関係。

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   くーちゃん、暇をする。*3*


ふんふんと鼻歌を歌いながらテンポよくペタペタとシールを貼りつけている杏は実に楽しそうだ。
そんな杏を見ているとついつい汐見の手もうずうずとする。
お手伝いをしましょうか?と声をかけると杏は机の上の封書とタックシールを両手で囲い込んでダメダメー!と叫んだ。

「私のお仕事なのっ」
「そんなにたくさんあったら大変でしょう?」
「だいじょーぶっ」
「無理はなさらないでくださいね?」
「はぁい」

残念と思いながらも生き生きとしている杏を見れて汐見も嬉しいのだ。
波に乗っている杏は作業を止めることをしない。
長時間俯いた作業は体によくなく、汐見は時間を見て、杏に休憩を促す。
ホットタオルを手にした汐見が杏をソファに横たわらせると目元にタオルを置いた。

「あ。ローズウッドっ」

ほかほかとしたホットタオルが心地よく杏は口元に笑みを浮かべる。
妊娠してからというものほとんどのアロマオイルが使い物にならなくなったのだ。
妊娠初期中期後期と使えるアロマオイルは制限されてくる。
唯一使える、オレンジとベルガモット、ローズウッドはヘビーローテーションだ。

「いーにおーい」
「ちゃんと一時間おきに休憩をなさってくださいね」
「はぁい」

ついつい夢中になってシールを貼っていると時間など忘れてしまう。
貼るコツを掴めば単純作業もなかなかに楽しいのだ。
ふぅと息をついて体の力を抜くと睡魔に襲われて杏は眠りについた。
最初のころは急に眠くなるのが不安で情緒不安定だった杏も汐見のアドバイスで落ち着きを取り戻している。
眠くなったら眠っていいんですよと言う汐見の一言で、眠いときは眠ることにしていた。
汐見の奏でる音が子守唄となり、杏は優しいまどろみに落ちていく。
ぱたぱたと杏を気遣うように立てられる足音。
かちゃかちゃと音を立てる食器。
ありふれた生活音が杏に安らぎをもらしていた。
気持ちよさそうに眠っている杏を見て汐見もほっとする。
そっとタオルケットを杏の体にかけると汐見はふふっと笑ってバスルームの掃除へと向かった。
掃除が一通り終わると昼食の準備にとりかかる。
つわりが軽い杏は比較的なんでもよく食べるが味の濃いものは体が受けつけないのだ。
野菜と脂身の少ない鶏のささみを用意するとスティックに刺していく。
豆乳に出汁と片栗粉を混ぜたものをフォンデュ鍋に入れて温めた。
くつくつと煮立ち始めると豆乳と出汁の香りがキッチンに漂い始める。
匂いにつられて目を覚ました杏は鼻をひくひくとさせて嬉しそうだ。

「今日はなぁにー?」
「豆乳フォンデュですよ」

やったー!と喜ぶ杏に汐見はぷっと吹き出す。
昼食の準備をすると杏と一緒に食事を摂り始めた。

「んんぅ〜。おいちぃ〜」
「たくさん食べてくださいね」
「うんっ」

ブロッコリーにキャベツ、にんじんをフォンデュすると次々と口の中に放り込んで杏は幸せそうだ。
鶏のささみも恐る恐る口にして咀嚼するとほっとしてぱくぱくと食べ始めた。
しっかり昼食を摂ると杏は満足そうに腹部を撫でている。

「杏さん。お昼からはどうされますか?お買い物に行きますけど」
「行くっ!」
「少しおやすみしてからにしましょうね」
「はぁい」

汐見が昼食の片づけをしてひと段落ついたところで揃って買い物に出かける。
以前、一人で外出をして大騒動になって以来、杏は出不精になった。
汐見と買い物に出かけるか、はるかの元へ行く以外はほぼ自宅にこもっている。
体への空気の入れ替えは必要だ。
はーーーと息をつくと杏は足取り軽く汐見の前を歩いた。

「今日の夕食はなにかなぁ〜」

歌うように言う杏に汐見はくすくすと笑う。
馴染みのスーパーにやってくるとカートを押している汐見の横から杏はカゴの中を覗き見た。
白菜にもやし、キャベツにじゃがいもと足りない食材を買い込んでいく。

「ヘルシーに蒸し料理にしようと思います」
「ダジン鍋!」
「さっぱりしているので杏さんも安心して食べられるでしょう?」
「うんうんっ」

魚介コーナーに差しかかると杏のおねだりモード炸裂だ。
汐見の作る酢の物は好みらしく、妊婦の杏用にアレンジされている。
砂糖控えめで酸っぱさを際立たせた酢の物は杏の定番になりつつあった。

「杏さんは酢のものがお好きですね」
「うん。酸っぱくって美味しいもん」

えへへと笑う杏に笑みを返すとタコとじゃこと白身魚を買う。
白身魚を三杯漬けにしようとしたのだが杏の顔が曇る。

「お魚きらーい」
「好き嫌いはよくありませんよ。杏さんが好き嫌いをするとこどもにまで影響します」
「えー」
「酸っぱく煮つけてあげますから食べてくださいな」
「うー」
「切り身を漬けますから食べやすいですよ?」
「でもぉ」
「でも、ではありませんっ」

めっと叱られて杏はふえーっと言葉を漏らす。
タコやイカは全然平気だが魚は食べにくく得意ではない。
できることなら避けて通りたい食べ物なのだ。
汐見は有無も言わさず白身魚の切り身を買い物かごにいれるとすたすたと歩き始めた。

「あ。待ってっ」

慌てて追いかける杏を振り返って汐見は仕方なさそうに苦笑いをする。
まるで小さなこどものような仕草に目を細めた。
ぎゅっと腕に絡みつかれて汐見の顔がにやけそうになる。
娘がほしかった汐見には夢のような時間なのだ。
顔をぐっと引き締めて杏を貼りつかせたまま汐見は歩き始める。

「お肉はどうしましょう?」
「ささみなら、食べれる」

先程の魚は嫌い発言を気にしているのだろう。
嫌われないように杏も必死だ。
脂身の少ない肉を選ぶとあとはヨーグルト、牛乳、卵を買って買い物は終わりである。
汐見専用の買い物カートに荷物を詰めるとスーパーの横にある花屋に寄って帰宅した。
帰宅途中から眠そうに目を擦っていた杏は自宅に戻るなり、ラグの上に倒れ込む。
汐見が気づいたときにはすーすーと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
些細な外出も杏にとっては大きな負担となる。
クッションを抱き締めて眠っている杏の頭を撫でると汐見は笑みを浮かべて仕事に戻った。


ほのぼの擬似家族終わり。
次は例の修羅場突入。

2014/06/13 投稿。


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