気持ちいい関係。

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ex07.くーちゃんと汐見さんの約束。


予定日まであと一週間。
でっぷりとした腹部に気を使いながら杏は柔軟体操をしていた。
妊娠をしてからというもの運動量が減り、柔軟を怠っていたせいで体が固くなってしまったのだ。
このままでは出産に影響すると汐見の指導のもと、体操に励んでいるのである。

「杏さん。無理は禁物ですよ」
「はぁい」

ごろごろと転がっているように見えるが杏にしてみれば重労働だ。
少し動いただけでも汗が噴き出て息切れをしてしまう。
三十分ほど頑張ったところでシャワーを浴びるためにバスルームへ向かった。
ドアの向こうには汐見が待機している。
いつ杏が産気づいてもいいように、だ。
シャワーを浴びて終わると今度は祐哉から渡された仕事を始める。
今ではタックシール貼り以外にもうひとつ仕事を任されていた。
タックシール貼りは慣れてしまうと一週間ほどで終わってしまい、杏の退屈しのぎにはならなかったのだ。

「たいーくーつー」
「退屈なら書道をしませんか?」

にっこりと笑った汐見が持ち込んだ習字道具で杏は手習いを始めた。
思った以上に習字は楽しく気づけば筆で字を書くほうが楽なことに気づく。
毎日毎日飽きもせずに墨まみれになっていれば上達もする。
ある日、杏の書いた文字を見て祐哉は目を見開いた。

「これはこれは」
「?」
「いつの間にこんなに上達したんです?」
「筆文字ー?」
「ええ」

祐哉は個人的な手紙は自分でしたためるが、会社関係の礼状や案内状はほぼ外注任せだ。
パソコンで打ち出された文字が悪いわけではない。
見やすくていいと思うがどこか味気ない。

「やってみますか?」
「やるっ!」

杏に打診すれば即答だ。
翌日、祐哉は職場で文章の内容を考え、自宅で書をしたためた。

「わー。ゆーやの字、きれー」

流れるような筆使いに杏はうっとりとした顔で祐哉の手元を見つめている。
経験の差というものが筆使いにも文字にも表れて杏は悔しい気分になったのだ。

「うう。悔しいぃ」
「なにがです?」
「ゆーやのほうが、字、綺麗なんだもん」

じーっと紙を見つめている杏の頭を撫でると祐哉は苦笑いをした。
翌日から杏はせっせと書をしたためる。
書いては違う、と呟き、何枚も何枚も書き綴った。
祐哉の見本を見てははぁとため息をつくのである。

「なかなかゆーやみたいに流れるような文字が書けないなぁ」
「お手本がとっても綺麗なので杏さんもお上手になりましたよ?」
「ホント?」
「ええ」

汐見に褒められて杏はえへっと笑う。
祐哉の字は美しく、杏が代筆をする必要などどこにもないと思うのだが、忙しい祐哉に代わって杏は筆を取ったのだ。
確かに毛筆は綺麗に書けるようにはなった。
ひとたびボールペンを握ると以前の丸っこい文字に戻ってしまう。
不思議だと思いつつ杏は和紙に筆を走らせた。

「今日はここまでー。疲れたぁ」

同じような文章を五枚綴ったところで杏の集中力が切れた。
おやつっ!と騒ぐ杏に汐見はミルク寒天を出す。
甘くてカロリーが控えめなミルク寒天を杏は喜んで食べる。
中にはみかんが入っていてきゃあと黄色い声をあげた。

「おいちーーーっ!」

もぐもぐと口を動かす杏を見て汐見は笑みを浮かべた。
杏が妊娠してからというもの汐見は一日の大半を杏と一緒に過ごしている。
ケンカをすることもあれば杏に八つ当たりされることもあった。
それでも互いに本音で向き合い、仲良くしているのである。

「汐見さん」
「何でしょう?」
「べびちゃんが産まれても、おうちに来てくれるよね?」
「ええ。もちろん」

汐見の答えに杏はほっとしたような表情を浮かべるとまたスプーンを動かしてミルク寒天を食べ始めた。
育児初心者の杏は不安なことだらけで出産が近づくにつれ情緒が不安定になっている。
こどもが産まれたあとの育児に自信がないのだ。

「今はお腹の赤ちゃんが無事に産まれてくることだけを考えてください」
「う、うん」
「産まれたあとも必ずお手伝いしますから」
「絶対だよっ!約束だからねっ」
「はい」

必死な様子の杏に汐見は苦笑いする。
本来なら実母を頼ったりするものであるが杏には肉親がいない。
祐哉の実家のほうもほぼ絶縁状態で頼るところがないのだ。
よしよしと杏の頭を撫でると嫌がる素振りも見せずに杏は気持ちよさそうな顔をして目を閉じた。

「早く会いたいなぁ」

そう呟きながら杏はゆったりと腹部を撫でると汐見に寄りかかりながら眠りについた。


暇つぶしに文字を書きまくってたら上達したとくーちゃんでした。
習字って墨磨ってたら気持ちが落ち着きますよね。
社長さんが以外に字が上手だったと言いたかっただけです。はい。
ここのところエロから遠ざかってる。

2014/06/15 投稿。


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