気持ちいい関係。

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   閑話.祐哉、弁当を作る。


過去拍手小話。
初出:2014/6/8



祐哉と杏が一緒に暮らすようになって初めての週末。
買い物に行ってくるーと言って出かけた杏が買ってきたものを見て祐哉は顔をしかめた。
どさりと買い込まれたシリアルバー、これが杏の昼の主食だというのだ。
コンビニでサラダを買うこともあるよーとのんきに言う杏に祐哉の眉間にますますシワが寄る。

「くぅ」
「なぁに?」

いそいそとキッチンのストッカーにシリアルバーを詰め込んでいる杏はキッチンの入口で盛大なため息をついている祐哉を振り返った。
壁にもたれて長い手足を組んでいる姿はサマになる。
やっぱりイケメンって得だよねーと杏は内心で思いながら祐哉をまじまじと見やった。

「シリアルバーとサラダだけでは体に悪い」
「んーぅ。だってもーずーっとこれなんだもん」
「同じものばかり食べて飽きませんか」

杏は首をかしげて片付けたシリアルバーを見る。
最近ではいろんな種類の味が出ていて飽きがこないのだ。

「シリアルバーがなかったら外食するかコンビニでパン買うよ?」

忙しいときはお手軽でいいんだよねー、あははーと笑う杏に祐哉はまたため息をつく。
これでは育つものも育たなくなる。
杏を手招きで呼び寄せると後ろから抱き締めてシャツの裾から手を入れて脇腹を撫でた。

「うひゃああ!」
「私はもう少しふくよかなほうが好みです」
「いきなりなにー!?」

脇腹からみぞおち、そして胸に手をあてると軽く揉んでふむと呟く。
骨が浮き上がるほどではないが、もう少し肉付きをよくすれば体のラインが綺麗に浮かび上がるはずだ。

「それはゆーやの好みでしょっ」
「そうとも言いますが、スーツを着てあちこち余ってませんか」
「うっ」
「ウエストは余ってるのにヒップ周りがきついとか」
「ゆーやっ!それ以上言ったら女の敵だよ!」
「胸は余ってるのに二の腕がきついとか」
「ゆーや!」
「図星ですか」

俳優や女優を数多く見ている祐哉であるからこそ体型は気になるのだ。
食生活には気をつけるようにと事務所で散々口にしていることをまさか杏にまで言う羽目になるとは祐哉も思わなかった。
業界に引きずり込むわけではないが、祐哉は杏を育ててみたくなったのだ。

「まずは食事改善から、ですね」
「はぁ?」
「そのあとは体質改善ですね。幼児体型、卒業したいんでしょう?」
「うっ」

痛いところを突かれた杏はぐぐと喉を鳴らす。
太いわけではないが少しだけぽっこりした腹部にむちっとした手足はコンプレックスである。
どうにかなるものならどうにかしたい、それは切実な願いだ。

「では。明日からシリアルバーは封印です」
「えええええーーーーーーー!おいしーのにぃ!」
「ダメです。たまにはいいでしょうが、毎日これは許しません」
「コンビニのお弁当買うのぉー?」
「まさか」
「じゃぁ定食屋さん行かなきゃダメー?」
「外食もコンビニ弁当も一切許しません」
「食べるものないよ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ杏に祐哉はにっこりと笑いかける。
祐哉の笑みを見て杏はひくりと顔を引きつらせた。
言うことを聞いておかないとあとが酷い目に合うパターンだ。

「心配しなくともくぅのお昼は私が作ります」
「は?」
「私が毎日お弁当を作りますのでご安心を」
「え?」

ゆーやのお弁当ーと呟いた杏は宙に目をさまよわせて喉をごくりと鳴らせている。
舌の肥えている杏の口の中がよだれでいっぱいになった。
祐哉の趣味は料理だ。
ストレス発散するのにいいらしく、凝ったものをよく作っている。
見た目も味も最高に美味しい。
杏の親友であるはるかに引けを取らない料理を作ってくれるのだ。
胃袋を掴むという言葉があるがまさにそのとうりで杏の胃袋は祐哉にがっつりと掴まれていた。

「ゆ、ゆーやが作ってくれるっていうならぁ、それ食べるぅ」
「いい子ですね。残さず食べてくださいね」
「う、うん」

祐哉の腕の中でもじもじした杏はちらりと祐哉を見上げて、あのねと呟く。
しおらしい杏を見て祐哉は首を傾げた。

「れ、レバーとお、お魚は嫌いなの。い、入れないで」
「ほぅ」

すぅと目を細めた祐哉を見て杏はびくりと体を震わせる。
レバーと魚が入っていたら食べ切れる自信はない。
例え社内の誰かに譲ったとしても、祐哉にはバレると杏は無意識に思ったのだ。
必死な様子の杏に祐哉は頭を撫でて肩をすくめた。

「わかりました。気をつけるようにしましょう」
「ほっんとダメだから!やめてよね!」

くすくすと笑う祐哉はあれこれと考える。
魚は見た目さえクリアすれば食べれる可能性もある。
レバーは弁当に入れると痛む可能性が高く弁当にするには向かない。
夕食で改善させればいいだろうと祐哉は目論んだ。
週明けの月曜日。
杏が眠い目を擦りながら寝室を出てキッチンで朝食の準備をしている祐哉に朝の挨拶をする。
ぼんやりとしたまま洗面で顔を洗ってリビングに戻るとダイニングテーブルの上には豪華な朝食が用意されていた。
パンにかりかりのベーコンとスクランブルエッグ、サラダにコーンポタージュ、搾りたてのオレンジジュース、ホテルに迷い込んだような気分になる。
一緒に暮らすようになってから、杏はこのメニューを見て毎日驚いて目を覚ますのだ。

「くぅ。早く食べないと遅れますよ」
「わ、わかってるもんっ」

慌てて椅子に座ると食事を摂り始めた。
悔しいがどれもこれも美味しい。
文句のつけようがなくもくもくと食事を進めていく。
祐哉と一緒に暮らす前の杏の朝といえば、ギリギリまで眠って、満員電車に揺られて会社に出勤する。
会社近くにあるコンビニでパンと缶コーヒーを買うと午前中の休憩の合間にそれを食べるのが習慣だった。
今では毎朝食事をしているのにも係わらず、無意識にコンビニでパンと缶コーヒーを買ってあとであっと気づくのだ。
ぺろりと食事を平らげると杏は食器をキッチンのシンクに置いて会社に行く準備をする。
杏が手伝えば手伝うほどキッチンが大惨事になってしまうため片付けまで祐哉任せだ。
メイクをしてスーツに着替えると杏は挨拶もそこそこに玄関に走る。

「くぅ。待ちなさい」

パンプスを履いてくるりと振り返ると祐哉が紙袋を杏に手渡した。
中を見ると食品保存容器が収まっている。

「保存容器で申し訳ありませんが、しばらくはこれで許してください」
「んーん。これでいいよ」

祐哉が杏の頭を撫でるとちゅっとキスをする。
かぁと顔を赤らめた杏はばっと祐哉から離れるといってきます!ありがと!と小さく叫んで駆け出した。
くすくすと杏の後ろ姿を見送ると祐哉も出社の準備をする。

「新婚さんみたいですね」

立場は逆転しているが祐哉はそれでも幸せな気分に満ち足りていた。
その後も祐哉の弁当作りは続き、季節は流れていく。

半年後 ─

「ゆーや!いってらっしゃいのちゅー!」

慌ただしい朝であっても杏は祐哉からのキスを待っている。
最初に比べると雰囲気も柔らかくなり杏が祐哉を信頼しているのが誰の目から見てもわかる。
キッチンから杏のために買ったランチバックを手に祐哉が玄関に向かうと杏は早く早くと駆け足状態だ。
杏にランチバックを手渡すと祐哉は杏にキスをする。

「いってらっしゃい。くぅ」
「いってきまあああすっ」

杏も祐哉にキスを返すとばたばたばたと玄関を飛び出して走っていく。
後ろ姿を見送るのは祐哉の日課であり楽しみだ。
祐哉の食事改善のおかげで杏の体はスリムになり、ラインも整ってきた。
もちろん祐哉が杏を愛していることも十分影響している。

「さて。私も出社の準備をしますか」

どんなに忙しくても祐哉は杏の食事を作る。
これからもそんな日々がずっと続いてくのだ。


くーちゃんの食生活が気になったら思いついた話。
社長さんがせっせとお弁当を作る姿がものすごく微笑ましく見えた。
なんというか本当にいろいろと逆転してますよね。
ここの夫婦。
餌づけされる妻でした。

2014/07/18 投稿。


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